最近、私たち家族には小さな幸せが訪れました。それは、高校生の息子と一緒に食事をする時間を再び共有できるようになったことです。
かつては当たり前だった共に食事をすることが、一時期は叶わなかったので、今この瞬間がいかに貴重かを深く感じています。
かつての当たり前が消えていったきっかけ
小学生の頃、息子は家族との食事を普通に楽しんでいました。
しかし、彼が小学校を卒業する年に新型コロナウイルスが流行し、私たちの日常は一変しました。
学級閉鎖、飛沫感染のリスク、そして私自身の仕事の忙しさが重なり、息子は食事の時間を祖父母と過ごすようになりました。この変化が彼にとって大きなストレスとなったのかもしれません。
父親との関係の悪化
中学に入学してから、息子と夫との関係がギクシャクし始めました。
息子は発達障害を持っていることはわかっていましたが、私たちは彼の知的障害にまでは気づいていませんでした。
夫は努力すれば息子も改善できると考え、時には息子にとって過度な期待を抱いてしまいました。
これが息子にとって重荷となり、家族と顔を合わせる食事の時間を避けるようになりました。
不登校との闘い
中学2年生の時、息子は精神的に不調をきたし、短期間ですが入院することになりました。
退院後、学校へ行くことができなくなりました。
その期間、食事を摂ることもままならず、徐々に一人で食べるようになり、最終的には部屋で食事をする生活に移行しました。
タブレットとの依存
部屋に閉じこもる時間が増えた息子は、タブレットで過ごす時間も増やしていきました。
入院中にタブレットを渡したのは、少しでも彼が楽しめるようにという思いからでした。
不登校になってからは、タブレットの使用を制限せず、息子にとって食事中も欠かせない存在になりました。
一緒に食事をすることの再開
しかし、高校生活が1年を過ぎた頃、ある日「ここで食べたら?」と息子に声をかけてみました。
それがきっかけで、息子は自然と食卓で食事を取り始め、それからは徐々に一緒に食事をする時間を持つようになりました。
振り返り
この経験から、私は「一緒に食べよう」という単純な言葉の力を改めて認識しました。
もしかすると、その言葉があればもっと早く息子と一緒に食事をすることができたかもしれません。
しかし、後悔はしていません。息子が自分で選んだことを尊重し、見守ることを選んだからです。
息子が困った時にはいつでも支えになれるように、そして、彼が「生きよう」と思っている証拠として食事を摂ることができることを、心から喜んでいます。
今では、一緒に食事ができなかった時間があったからこそ、共に過ごす時間の尊さを改めて感じています。毎日が、真に幸せであると実感しています。